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意外と知らない「KKK」の成り立ち

2020.03.30

意外と知らない「KKK」の成り立ち

クー・クラックス・クランはアメリカ南北戦争後の1865年に南部連合の軍人・奴隷商人であるネイサン・ベッドフォード・フォレストが設立したとされる結社です。

プロテスタントのアングロサクソン系こそが聖書に伝えられるアダムの子孫で、他の人種から優先され隔離されるべき、という白人・北方人種至上主義を唱えたとされています。

この通称「KKK」に関しては、南北戦争終結後にネイサン・ベッドフォード・フォレストによって、テネシー州プラスキに設立された組織に端を発すると一般的に考えられていますが、実際にはフォレストが参加する以前から存在し、内容も南軍の退役軍人たちで作られた「交遊会」だったそうです。

初期のKKKメンバーはボール紙で補強された顔を覆う三角巾と丈長のガウンを身に着けていたと言います。

結社の噂は周辺地域に広がり、1867年頃からメンバーが急速に増えていき、やがて反奴隷解放も主張に加えられるようになり、現在イメージされる白い布で作った装束をまとって黒人の居住区を練り歩くという、嫌がらせ行為を行うようになったそうです。

しかし、団体が大きくなっていく中で暴力的傾向が強まっていくKKKに嫌気が差したフォレストは、1869年にKKKの解散を宣言しましたが、メンバーの大半はその解散宣言に従わず活動を継続し、1871年には遂に政府から非合法のテロリスト集団と認定され、摘発が開始されました。

こうして、初期のKKKはやがて自然消滅していきます。

その後、第一次世界大戦の勃発を機に1915年アトランタで「神のお告げ」を聞いた白人の伝道師、ウィリアム・ジョセフ・シモンズにより、第2のKKKが誕生します。

アメリカの第一次世界大戦への参戦と同時にKKKは反ドイツ主義を全面に打ち出し、スパイを摘発する諜報組織として活動したと言われています。

敵国出身の移民から「アメリカ人」を守る愛国主義団体であることを強調した第2のKKKは仮想の危機で人々を煽り、会員を増やしていきます。

戦争を経て5000人規模の組織となった第2のKKKは、初期KKKよりも強硬な過激派として活動するようになってしまいます。

人種主義に加えて民族主義や宗教色も強まり、白人貧困層の絶大な支持を集め、幾つかの州では少なからぬ政治的影響力を持つまでになりました。

こうしてKKKに対して好意的な政治家が州政府を支配するなど、合法的に支配層への進出を果たし、一方ではこの影響力を自身の選挙に利用するために、後の大統領ハリー・トルーマンもその当時KKKに加入していたと言われています。

そして1925年頃がKKKの絶頂期となり、構成員は600万人にもなったと言われています。

しかし、第2のKKKもリーダーが強姦・殺人で逮捕されたことをきっかけに衰退していったと言います。


私たちがよく知る、映画「ミシシッピー・バーニング」や「ブラック・クランズマン」で描かれたような内容は、衰退後のKKKの有り様を描いたものですので、最盛期にはどれだけの力を持っていたのか計り知れません。


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