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植民地主義の根底にある考え

2022.08.02

植民地主義の根底にある考え

スペインによる南北アメリカ大陸の植民地化は、1492年のクリストファー・コロンブスの航海から始まりました。
その約100年後、イギリスの商人と宗教難民が新大陸にやってきましたが、ヨーロッパによる植民地化の時代は17世紀では終わらず、 アメリカだけにとどまるものでもありませんでした。
イギリスの商人や植民地開拓者たちは、大航海時代に地球上を駆け巡り、インドや中国、太平洋の島々に新たな入植地を建設しました。

19世紀後半、ヨーロッパ列強フランス、イギリス、ドイツはアフリカを「発見」し、植民地支配の下に置きました。
フランスは、西アフリカの大部分を占領し、イギリスは、南アフリカと、アフリカ東沿岸部の大半を支配しました。 それ以外の地域では、ドイツ、ポルトガル、ベルギーが支配権を主張しました。

ヨーロッパ植民地帝国の夢をかき立てていたのは、 飽くなき欲望と、西洋文明を広げたいという欲求です。
鉄道など新たなテクノロジーを備えて広大なアフリカを統制しやすくなった西洋諸国は、アフリカの資源を利用し始めました。

イギリスの詩人ラドヤード・キプリングの有名な言葉にもあるように、ヨーロッパ諸国は、我々には文明を広めるという「白人の責務」があると勝手に思い込み、それでかなりの利益を得ても何の問題もないと思っていました。

アフリカの住民にとって、ヨーロッパ人の到来は大災厄以外の何物でもありませんでしたし、多くのヨーロッパ人は、アフリカの黒人を人間とも思わず、アフリカの人々を大量に殺戮していきました。

1902年の小説『闇の奥』で著者ジョーゼフ・コンラッドは、植民地主義によって、文明人であるはずのヨーロッパ人が怪物に変わり、現地のアフリカ人を搾取・殺害している実状を描いています。

地域によっては数百万人が死んだ場所もあり、ベルギー領コンゴでは、 1000万人が死ぬまで働かされたと推計されています。
ドイツ領南西アフリカでは、地元住民が植民地支配に抵抗したため、 住民全員が皆殺しの標的になりました。

ヨーロッパ諸国は、 第二次世界大戦後にようやくアフリカの植民地支配を断念しましたが、 その時点でアフリカは分断と貧困に苦しむ大陸に変わってしまいました。
それから今まで大きな変化はないと言っていいかも知れません。

日本人も例外ではなく、忘れてはならない教訓です。

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